タロット

嫌な思い出にこそ声をかけて、はなまるを。

今日もご訪問ありがとうございます☪

息子のご心配をありがとうございました。
月曜日、レントゲンの予約が取れたので病院に行ってきます。
腫れ方を見ていても、骨折はしていないです。
ただ、1学期の体育がバレーボールなので(汗)、どこまでできるのかお医者さんに診てもらってきます。
実技ができないとなると、これまた内申書に響きますよ・・・。
見守る母も、受験って精神的にキツイですね・・・。

カードのセッションが運んでくる私自身への気づき。というタイトルでのお話し、最後まとめようと思ったのですが、その間に彼女とお話しする時間を持つことができました。

すでにあれこれ考える1週間でしたが、最後にどっかんと感じようと思っていた矢先、息子の負傷。
この時の私の呆れと怒り。
指を挟んじゃったのはしょうがない。
痛かったね、気をつけてねでいいのでしょうけど。
私は結構な勢いで息子を責めました。
そのことにもつながっていきました。

私がいつも感じるがゆえに苦しんでいる気持ちがあります。
必要とされたい、それを感じたいという気持ち、でも、どうせ私なんてそこまで必要とされないよねという思い。
でも、周囲からみれば逆にむしろ、自信をそぎ落とす方を見てません?
あえて、あきらめなくちゃいけないような方向に自分を持っていってるように見えるけど、というお話しになりました。

今回のセッション前の1枚引き。
アストロダイス。
「 隠されたもの、無意識を示す12ハウス、カルマを意味するドラゴンテイル、5感で感じる牡牛座 」。
ちょっと言いたくないようなことも掘り下げることになるかも、ということで、レスキューレメディーを飲みました。
全ては自分への自信のなさからですが、それはどこから来るのか。
私の中にある、自分をおとしいれていく考え方。
それが、どこから来ているのか。

それは、やっぱりね、あの時に戻るのです。
自殺を考えた、小学6年生の時。

避けられるのがどういう理由なのかわからない、どうしてか教えてと直接聞いてみたりもした。
「なんだかわかんないけど」としか言われず、大人には言えず。
ボス的な女の子がほかの子に指示。
その子がいない時はほかの子は話してくれる。
自営が忙しかった母からは、
「そういう子は大人になって違う人にそういう思いをさせられる。あなたはそういう人にならないこと。自分に返ってくるよ。」とだけ。
今でこそ、自殺は報道されますしそういう心境への理解や調査や学校のあり方など話されてますけど、その時はそんなのなくて。
消えてしまいたいと思う子供が他にもいるのかもしれないとも思わずに、自分がいけないのか、自分がおかしいのかと思うこともありました。
学校も行って当たり前だったし、大人も先生も学校に行きたくない子供の気持ちを考えることなんてなかったと思います。

だから、学校に行かないという選択肢はなかった。
でも、ひどく嫌な場所で。
ひたすら耐えて我慢して下校時間を待つ毎日でした。

自殺を考えたことを担任の先生に思い切って話したら、「そ~んなバカなこと、何言ってんの」と鼻で笑われて終わりました。
私がいなくなっても、誰も悲しくない。
誰に何を言ってもしょうがない。
わかってもらおうと思わずに、小さくいればいい。
でも、小さくいるはずなのに嫌われる。
どうしていいかわからない。

どうやっていじめの時期を過ごしたのか、私はほとんど覚えていません。
ただ、「どうせ」という思いは覚えています。
唯一休み時間にも一緒にいてくれたお友達がいました。
彼女が風邪などでお休みの日は、廊下で休み時間が過ぎるのを待っていたのだけ鮮明に覚えています。
私は誰にも気にしてもらえない、どうでもいい、必要になんてされない存在。
必要どころか、普通にしていても誰かに嫌われてる。
本当に久しぶりに思い出す感情が多くて、どうしても涙が出てしまって。

その話しを聞きながら、キーワードを。
「 無力感 」

その感情は、義父との同居でも何度も顔を出しました。
思うことはいろいろある、でも、何を誰に言っても仕方ない。
ましてや、結婚も同居も自分で決めたことだから仕方ない。
自分が小さくおさまっているしかない。
必要とされているのは、嫁として、母として。
そういう立場が必要とされてるだけ。

「 私 」を誰がみてくれているのか。
でも、母親だから死んだらいけない。
ここは、小学生の時と明らかに違うところでした。

そんな中でカードと出会い、リーディングをするようになりました。
誰かの話しをきくこと、分け合うこと、そして「ありがとう」と言われること。
客室乗務員の時の「ありがとう」とはまた違います。

もっと深くその人と関わって、話しをしたうえでの「ありがとう」。
私がここにいてよかったと思える幸せな瞬間でした。

刺繍ポーチの製作も、やはり喜んでもらえることを感じると、自分がここにいていいという幸せを感じました。
それでも、どこかに「どうせ」という思いは残っているのをこのセッションでも感じました。
自分の自立を、自分で阻害している。
自分がありたい過ごしかたを自分で阻止している。

息子の怪我も、「 私がついてたのに、なんで 」
「 なんでうちはこんなことになるの 」という無力感。
明らかに、この状況に対しての腹立たしさだったのに、息子に八つ当たりをしました。
「 こんなことになるなら、傘を持ってこなきゃ良かった 」
「 先に傘を後ろに乗せるように言えばよかった 」と、まぁ、あれこれ息子に言いました。

すべて、私の後悔であって、そんなことをぶつけられても、困るのにね。

「 僕の不注意だからお母さんは悪くない。傘だって僕のために持ってきてくれたんだから。 」
ともすれば、お母さんがこんな大きな傘持ってくるからだよ、と言われてもおかしくないかもしれない。
でも、そうじゃなかった。

「 僕がいけないってわかってるから、それ以上僕を責めないで 」と言った息子。
私の無力感から、相手を責める行為に走ってる。
心配するだけで、実際には何もできない、すぐ横でこんなことになってる。
わたし、何やってるんだろうという気持ちがダイレクトに息子に伝わってしまい、息子も「 僕何やってるんだろう 」となる。
「 お母さんをがっかりさせて、何やってるんだろう。 」って。
これ、最悪です。
最悪の気持ちのぶつけ方です。

この、無力感に対しては、蓋をしないことが大前提ならば。
感覚として「がっかり」「失望」「呆れ」はそのまま感じること。
そしてそれを受け止めた上で、それでもその中で良かったこと、プラスのことを掛けていく。
指を挟んだ  ⇒ 一晩氷で冷やした ⇒ 母親だから当たり前

こういう図式だと       ×(掛ける) 0 = 0

何をしても、母親だから、妻だから当たり前で ゼロしか掛けない。
結果、ゼロ。
良くないことは簡単です。
最初からマイナスを掛けてるので、ゼロどころか、マイナスが増えるだけ。

でも、少なくとも1を掛ける。
指を挟んだ ⇒ 一晩水で冷やした ⇒ お母さんの愛情伝わってるね × 1 = 1 
決してゼロではない。

そう考えると。
・怪我を人のせいにしないで受け止めようとした ×  10,000 くらい
・字が書けないから試験受けないのではなく、頑張って自分で学校に行ったね × 10,000 くらい
・傘があったからすっかりドアを閉め切らずに済んだのかもしれないね × 1 
・友達が冷やしてる指を気にしてくれてありがたかったよ  ×  500

小さなプラスをふたりで探すこと。
1点じゃなくていい。
そして、そうやって書き出したことはみんな最後は花まるになるんだよね はなまる 
よく出来ましたって。

これから一緒にやってみようと思っています。
小学生の時のわたし。
さみしかったね。
自分は相手がわからないし、相手も私をわからなかったんだよね。
よく、頑張ったね。
義父とのことも、頑張ったね(笑)

私のホロスコープには、7ハウスに蟹座土星。
7ハウスはパートナーシップ。
人生のパートナーとの関係。

蟹は、繊細な中身を守るための甲羅を持ちます。
蟹座にも家庭という象意があります。
そこに、土星。
パートナーシップを築いていくことは私の一生のテーマです。
だから、簡単にはいかない。

それを簡単にクリア出来る人もいれば、そうじゃない人もいる。
「できてないからダメでしょ」。
周りの全ての言葉に振り回されるのではなく、「 自分 」をみていくこと。
そういう課題をもってるからできないという逃げに使うのではなく、あくまでも簡単なことではないと意識して向き合うということ。

最後のOSHO禅タロット。
出ました、けちんぼ婆さん。

虹の4 THE MISER

やっぱり、大事なもの、抱えてるんじゃないかな。
私の中で大切なもの、一生懸命守ってる。
でも、外からは意固地に見えるのかな。
大事だから守りたいし、自分のそばにいてほしい。
でも、それはうまく伝わってない。

これも蟹座の世界かな。
最近は、このおばあさんが愛しくてしょうがありません(笑)
私には、この姿勢の奥に「愛情」があるとき、出てくるような気がしています。
私には、そういう出方をするのではと。
自分の存在価値や存在意義についてこだわってしまう私の気持ち。
そこを感じられるこの仕事をしているのに、さらに進むことはしない「どうせ」の気持ち。
仕事だけでなく、人との付き合いの中でも自分の価値を信じきれなくて、相手を攻撃する気持ち。

「 無力感 」

これからそこを感じるたびに、ひとりで無力感を味わっていた自分に声を掛けようと思います。

嫌だった思い出。
でも、そこを見ないと進めない。

あの時の私に声をかけられるのは今の私だけ。
あの時、頑張ってくれてありがとうをこれからも伝えていきます。

皆さんは はなまるはなまる、毎日の生活の中でいくつ見つけられますか?
当たり前だから × 0 ( 掛ける ゼロ ) にしてませんか。

いつもありがとうございます☪

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